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吉本ばなな, 『とかげ』 본문

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吉本ばなな, 『とかげ』

pencilk 2005. 6. 7. 00:45
とかげ (新潮文庫)
외국도서
저자 : 요시모토 바나나(Yoshimoto Banana)
출판 : 新潮社 1996.05.01
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 1.
  家の中は敦子の宇宙だ。女は小さな分身の小物で家をいっぱいにする。それらはひとつずつ、かのシャンプーのように真摯に選び取れ、そして彼女は母でもなく女でもない何かの顔をするようになる。
  私にとってその何かのはりめぐらした美しいくもの巣はおぞましく汚いものであり、すがりつきたいほど清らかでもある。震えるほど恐ろしく、何事も隠していられない気がする。生まれながらの魔力にほんろうされている。いつからか。
「ようするに新婚っていうことだね。」
  女は言った。私ははっと我に返った。
「いつか新婚以外の世界に移行する日が怖いんだね。」

                          ー「新婚さん」中

 

 2.
「私はきっと何もかもにあなたのことを見つけて、必ず思いだすわ。」
  歩きながらふいに彼女は言った。
「たとえ忘れちゃったとしても。」
「何もかもって?」
「だって一緒にいろんな物を見て、いろんな物を食べたわ。だからこの世のどの風景にもあなたの面影はうつしだされる。通りすがりの、生まれたての赤ん坊。ふぐさしの下に透けるお皿の鮮やかな模様。夏空の花火。夕方の海の、月が雲に隠れるとき。テーブルの下で誰かと足がぶつかって、ごめんなさいと言うとき、人にやさしく物をひろってもらって、ありがとうを言うとき。今にも死にそうなおじいさんがふらふら歩いてくのを見たとき。街中の犬や猫。高いところから見た景色。地下鉄の駅に降りていって、なま温かい風を顔に受けたとき。真夜中電話が鳴ったとき。ほかの誰かを好きになったとき、そのひとの眉の線にも必ず。」
「それって、生きとし生けるものってこと?」
「うーん……。」
  彼女はまた目を閉じ、そしてそのガラスみたいな瞳をこちらにまっすぐ向けて言った。
「ちがう、私の心の風景のこと。」
「そうか、それが君の愛なのか。」
  私は多少おどろいて言った。

(中略)

  その横顔を見ながら考えた。

  私の愛は君のと少しちがう。
たとえば君が目を閉じた時、まさにその瞬間に宇宙の中心が君に集中する。
  すると君の姿は無限に小さくなり、後ろに無限の風景が見えはじめる。君を中心にして、それはものすごい加速でどんどん広がる。私の過去のすべて、私の生まれる前のこと、書いたことのすべて、今まで私が見てきたすべての眺め、星座、遠くに青い地球の見える暗黒の宇宙空間まで。
  すごいすごいと私は内心狂喜し、
  そして君が目をあけたとたんにそれはすべて消えてしまう。もういちど思い悩んでくれないかな、と私は思う。
  二人の考えはそのように全くちがうが、私たちは太古の男女だ。アダムとイブの恋心のモデルだ。愛しあう男女のすべての女にそういうくせのバリエーションが、すべての男に凝視の瞬間がある。お互いを写しあい永遠に続くらせんだ。
  DNAのように、この、大宇宙のように。

                          ー「らせん」中

 


 3.

  記憶はエネルギーだから、発散されなければ世にもさみしいかたちで体内に残留する。神様は心配する。寝転んでページをめくっている私のまわりをぐるぐる回って、見えない手でその体を必死に揺さぶって、聞こえない声で叫ぶ。
「ここいあるよ、感じないふりしないで。」

 


 4.

  だから私たちは不倫からスタートして結婚した、たった5%のうちの一組ということになる。
  しかし、自分のこと以外みんなひとのことなのに、なぜパーセンテージが出るのだ?
  今になってみるとあの頃私を支配していたのはそういう、目に見えないへんな圧力だった。
  みんなでお茶を飲む時はわりかんで、ひとりだけめしを食ったりしない。
  行きたくなくても社員旅行には行かないと先輩と気まずくなる。
  夜中のタクシーは全部、とにかく遠くに行く客を求めてる。
  一人暮らしの女が3軒も飲みに行くと物欲しそうだ。
  未婚の男子社員とお昼を食べると、いつも一緒に食べている子たちが怒る。
  何もかもが細分化しているだけに、狭い地域のなかで絶対の力を持つ、いくらでもある異様な決まり。不倫がいいとかいけないとか言う前にまず行われる、一般化の処理。
  私はそういうものを頭に入れまいと無視して常に自分だけの空間を生きていたが、電波のように細かい粒子で飛びかうそんなものは、「気にしていない」という言葉を意識するだけで脳に侵入してくるようだった。
かすかながらも何か他のものと戦っていたことを、今になって知る。
  今思えば私が戦っていたのは、彼や奥さんや、自分自身……それだけではなかったような気がする。
  自分でいるとこすらむつかしい、この現代のありよう。くもの巣みたいに張りめぐらされ、歩くとふっ、ふっとまとわりついてくるなにかの影。はらいのけてもぺたりとした感触を残す。無視しきれないくらいの割合で空気にまぎれ込み、バイタリティーとか、生命の輝きとは最もかけはなれた弱っちい虫けらのようなエネルギー。見えないふりができても、それがあるかぎり、すうっきりと視界が晴れることはない。

 


 5.

「これが人生だ。」
  という呪文は案外によく効く。何回か口に出して言ってみる。何となく自分でも納得する。彼が帰ってきても、そういうことは口に出さない。言ってもしかたない。
  そういう毎日はきつい。

                        ー「キムチの夢」中

 


 6.

  昭と出会ってからはじめてそのことを知った。それは、昭と新しい一対とか家族とかを作った、そういう甘ったるい話ではなくって、昭と出会ってはじめて私は自分がひとりだというさみしいことの本当の意味を知ったということだった。父でも母でも村でも、昭と暮らすこの部屋でもなく、私は私のことを考え、それをしているのはこの世で私だけということ、ぽっかりと私はここにいて、何もかもを決めていて、ここにしかいない。
  うまく言えない。
  私の家は私だけで、私のいうところがいつもここで、それでもまるですばらしく美しく青い夜明け前もすぐにまた別の美を宿す朝焼けになっていくように、何ひとつとどめることができない。そんなようなこと。

                          ー「血と水」中